関口和之の結婚した妻や子供の家族を調査!新潟の実家や桃鉄の音楽も!

サザンオールスターズ
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サザンオールスターズのベースを担当している関口和之さんは、ウクレリアンとして、ソロでも活躍しています。

そんな関口和之さんの結婚した妻や子供など家族のことや、新潟の実家や桃鉄の音楽なども調査しましたのでご紹介します。

 

 

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関口和之の経歴・エピソード

サザンオールスターズ加入経緯

関口和之さんは、新潟県出身で県内屈指の進学校の新潟県立新発田高等学校を卒業後、青山学院大学文学部英米文学科に入学。音楽サークルに所属し、桑田佳祐さんと出会い意気投合して、サークルメンバーたちで「温泉あんまももひきバンド」を結成します。

翌年の夏、バンドはメンバーを入れ替え「ピストン桑田とシリンダーズ」に改名しますが、秋に解散します。

その後、桑田さんは1学年下の原由子さんを迎え新しいバンドを結成し、メンバーの入れ替えやバンド名の改名など繰り返し、1977年「サザンオールスターズ」が結成され、ヤマハ主催の音楽コンテストに参加します。関口さんは「ピストン桑田とシリンダーズ」が解散したときから桑田さん率いるバンドには参加していなかったため、この時、サザンオールスターズには加入していませんでした。

コンテストの一次審査、二次審査と通過した頃、ベースの天野和平さんが脱退したことで、関口さんがベーシストとして加入しました。

愛称「ムクちゃん」の由来

関口和之さんは、青学時代のバンド「温泉あんまももひきバンド」の頃から、「ムクちゃん」の愛称で呼ばれています。

その”ムク”の由来は、関口さんが飼っていた犬の名前で、当時の関口さんの髪型が胸まである長髪が犬のムクに似ていたことから名付けられました。ちなみに、1学年下の原由子さんが音楽サークルに入った時に、関口さんの長い髪型を見て、近寄らないようにしようと友だちと決めていたそうですよ。

絵が得意

小学生の頃から、マンガが大好きで漫画家になるのが夢だった関口さんは、絵やイラストが得意で暇さえあれば絵を描いているそうです。

その甲斐あって、原由子さんの初ソロアルバムのジャケットのイラストを描いています。独創的な絵ですね。

その後、爆風スランプのデビューアルバムのジャケットのイラストも描いています

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関口和之の結婚した妻や子供の家族を調査!

関口和之さんは結婚しています。特に公表しているわけではありませんが、息子さんもいるという情報もあるようです。

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ウクレレ伝道師

関口さんがウクレレと出会ったのは、1988年頃。ウディアレンの映画「カイロの紫のバラ」で、主人公のミア・ファローがウクレレを弾くシーンがあり、かわいいなと思ったのがキッカケで、すぐ楽器屋へ行きウクレレを購入しました。しかし、この時、国産のウクレレが3本しか置いていなくて、ウクレレの普及をしたいなと思ったのが始まりです。

1991年8月、関口さんは、体調不良により、1年間の休業を宣言します。しかし翌年の1992年になっても姿を現わさず、サザンのアー写からも消えます。一時、桑田さんとの衝突があるなどと噂されたようですが、1994年にバンド復帰しました。この休業中にウクレレをマスターしたようで、ウクレリアンとしての活動を本格化させました。

2000年頃から、関口さんが主催する”ウクレレピクニック”というイベントを開催していて、日本へのウクレレ普及に貢献しています。

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新潟の実家

関口和之さんは、新潟県北蒲原郡水原町(現・阿賀野市)出身で、実家はお寺だという情報もありますが、公表しているわけではないので、お寺の名称などは不明です。

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桃鉄の音楽

関口さんは、ハドソンのゲームソフト”桃太郎伝説”、”桃太郎電鉄”シリーズのBGMを作曲しています。また、”桃太郎電鉄”シリーズでは、関口さんに似せたウクレレ職人や「サザンカオールスターズ」というサザンのようなグループも登場しています。

関口さんが桃鉄のBGMを作曲したきっかけは、桃鉄シリーズの生みの親であるゲームライターのさくまあきらさんと雑誌の企画で対面したことから。

その後も、さくまさんが関口さんを漫画家のパーティーに連れて行ったりと交流を深め、関口さんは漫画家の人脈が増えたそうです。

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まとめ

サザンオールスターズのベーシストの関口和之さんについて調べました。関口さんの結婚した妻や子供のことや、新潟の実家や桃鉄の音楽を担当していることなどご紹介しました。

 

 

 

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